パリ市が主催するイベントの多さと行政の影響力・都市の機能、そしてパンク寸前のパリ中心部について

2016年10月01日      2016年10月26日
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パリが世界都市ランキングで毎年上位に位置しているのは有名だけど、文化面、特に市民参加型のイベントがすごい。自分がフランスに来てから毎週何かしらのイベントが開催されている印象があるので、まずこれらのイベントについて振り返りながら、うまい具合にこのサイトのメインテーマである「都市の魅力」へと話を繋げていければと思います。

8月下旬、フランス・パリに着いてからの週末を振り返ってみると、

どのイベントも市民参加型イベントで、9月10日の花火大会を除いて無料参加できるので、留学前に聞いていた「パリ=飽きない街」は本当かもしれない。今週末もNuit Blanche(白夜祭)というイベントがあるので楽しみ。

パリの秋と言えば、紅葉した木々、どんよりとした灰色の薄暗い曇り空、そして白い夜・・、そう、白夜祭です! 毎年10月の第1週末の土曜日、日暮れと同時にパリの町のあちらこちらで明かりが灯されます。祭りと現代アートを楽しむ和気藹々とした雰囲気の中、パリは翌朝まで眠らない一夜となります。 インスタレーション、照明効果、音楽、ヴィジュアル・アート・・。夜のパリの町に繰り出し、ニュイ・ブランシュに参加する施設や場所を訪れて、フランスの首都を新たな角度から眺めましょう。

引用元:http://jp.france.fr/ja/events/106357

パリ市主催イベントの多さから見る行政の影響力

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ドローンフェスティバル開催時のシャンゼリゼ通り

基本的にどのイベントもパリ市が主催していて、鶴の一声でパリ中心部の交通を止めちゃったり、メトロを終日運行にしちゃったりと、行政の強さを感じざるを得ない。

もちろん東京でも東京マラソンみたいな大イベントとなれば街の交通を止めるようなことをするけれど、パリ市はそれ以上。今年の9月からは毎週第1日曜日にシャンゼリゼ通りを歩行者天国にするらしい。

東京で例えると、それこそ毎月第一日曜日に皇居周辺を一日中交通禁止にするみたいなイメージなので曜日関係なく街が機能する東京では無理。フランスは歴史的に広くカトリックが信仰されている国で日曜日は休息日という思想が根底にあり、基本的に観光地以外は街の機能がストップする(スーパーを含め多くの店舗は営業していない)ので可能なイベントなのだと思う。

パリで開催される車禁止・歩行者天国イベントの狙い

特にパリは排ガスによる公害対策の改善を市長のアンヌ・イダルゴが強く訴えているから、「車禁止の日」や「シャンゼリゼ通り歩行者天国」などの「アンチ自動車運動」がどんどん実施されている。前市長ベルトラン・ドラノエが導入した、年間約30ユーロを払うことでパリ市内に700箇所あるスタンドで自転車の乗り捨てができるサービス「ベリブ」もその取り組みの一つだし、1997年以前に生産された車をパリ市内で実質通行禁止にする取り組みも大胆。

でも、こうした運動に反対は避けられない。理論上は素晴らしくても実行に移そうとすると課題が山積みのアイデアをパリ市は対処しなくちゃいけない。例えば1997年以前に生産された車を通行禁止にすると、古い車に乗っている運送業者やタクシー運転手は自費で買い換えなくてはいけないから反対のデモは必至。それでもうまい具合に落としどころを見つけながら実行しちゃうのがパリ市の強みだと思う。

この1997年以前の自動車通行禁止問題に関しては、失業者数を増やすのを嫌う政府のおかげでタクシードライバーたちは保護され、買い替え助成金をもらったり、特別に通行を許可される特別対処がされるはず。

こんな風に新しいアイデアを実行して、他の都市に都市問題解決方法のロールモデルを提供するのはまさに先進都市ってイメージがぴったり。この「進歩主義」は東京も見習っていきたい。

「パンク寸前」のパリ中心部

こうしたアイデアを次々と実行するのはパリが焦っている現れだと思う。

例えば、毎日自転車で13区から6区まで通っている自分の目から見て明らかなのは、パリ中心部の交通事情が非常に悪いこと。朝と夜の通勤時間帯だと主要道路が動かないこともあるので、この問題は早く対処しなくてはいけない。

歴史都市で景観保護が厳しいパリ中心部では道路幅を広げるような交通対策はほぼ不可能なので、交通渋滞を緩和するためには自動車の数を減らす必要がある。

車の代替案として提案されている交通手段の地下鉄については、古い車両が多く、車体自体も小さい(そもそもパリの地下鉄はトンネルのサイズが小さい&地下空間には上下水道・電柱などのライフラインが張り巡らされているから拡張は難しい)ので輸送量は決して多いとは言えず、「自動車の代わりに地下鉄を使いましょう!」と啓蒙しても今度は地下鉄がパンクしてしまう。

こうしてみると問題はこういう歴史地区が多く、大改革ができないということで、歴史都市から近代都市への変移は本当に大変だなと思う。大改革と言えば、当たり前だけど、かの有名なオスマンによるパリ大改造計画当時(1850年代〜)ではこれほどまでにパリに人が増え、交通量が多くなるとは想定してなかったんだろう。

そして、これは主観にすぎないけれど、歴史都市でも、観光都市でも、政治都市でも、地元の人の街でもあるパリ中心部は機能・権力が集中し過ぎた感があって、「パンク寸前」という言葉がよく似合うように思える。もうここを再開発することはできない。ではどうするか。郊外へと拡大していくしかない。

パリ、東京、京都ー都市の機能

パリ西郊外にある再開発地ラ・デフォンス
パリ西郊外にある再開発地ラ・デフォンス

日本は京都から東京へと政治都市の機能が移ったことで、歴史都市・観光都市の京都と、政治都市・観光都市の東京といった感じでうまい機能分散ができているのだろう。(あまりに東京に機能が集中するあまり、地方との格差が大きな話題になっているけれど。そして東京も歴史都市であることは間違いない)

もし京都に今もまだ政治機能が集中していたらパリ中心部と同じ、機能のパンクが起きていたかもしれない。そしてこの流れでいくと、京都への省庁移転という逆方向の流れは面白い動きでもある。

1964年東京オリンピックの際に高速道路の設置で大きく街を改造したように、そして2020年東京オリンピックを目指し都心部で再開発を進めているように、2024年オリンピックの候補地となっているパリもオリンピックを”口実”に中心部を改造するのだろうか。しないだろう。いや、できないだろう。積み重ねてきた歴史が重すぎる。

一方で便利さを求め、生活の質を改善するために街を改革をしたい思いがありながら、歴史都市の側面を持つパリ中心部は過去の遺産を守り続けなければならないので動くことができないジレンマ。

「パンク寸前」のパリ中心部は郊外に拡大して、今後もラ・デフォンスのような都市を周縁部に形成していくのかもしれない。(60年代ー70年代のスラム街排除運動のように社会的弱者をより周辺部へと追いやりながら)

こうした機能・権力の集中とその拡大について考えると、春学期に読んだアラン・バディウ(Alain Badiou)の資本の動きを思い出す。

(le capital), il s’étend et, en s’étendant, il se concentre.

資本は拡大しながら集中する。

引用元:Alain Badiou, Notre mal vient de plus loin. Penser les tueries du 13 novembre, Fayard, 2016.

そんなことを感じたパリ滞在1ヶ月目。

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