都市の美術館化とは何か?パリ中心部の観光地と景観保護地区を訪れる

2016年11月16日      2016年11月18日
このエントリーをはてなブックマークに追加

パリ政治学院で受講している都市政策の授業でmuséification「美術館化」、patrimonialisation「遺産化」を学んで面白いなと思ったので紹介します。

言葉だけを見ると都市の中に美術館や芸術施設を多く誘致したり、世界遺産登録を促進する動きを指しているのかなと思うけれど、(辞書に載っていなかったので勝手にそう解釈していたのですが)そうではないみたい。

このページではまず、「都市の美術館化および遺産化」が意味するところを紹介した後に、実際にこの現象が見られる場所に行ってきたのでその写真をお見せしながら、都市の美術館化の問題点について話していきます。

都市の美術館化・遺産化とは何か

「都市の美術館化」とは何を意味するのか、Wikipediaからフランス語のmuséificationの説明文を日本語にしてみました。直訳ではないです。

La muséification d’un espace ou d’une pratique est le processus par lequel s’opère sa transformation en un objet de conservation ainsi que de valorisation touristique, à la manière de ce qui se trouverait dans un musée.

ある場所もしくはある慣行の「美術館化」とは、美術館で行われているような手法で、こうした場所や慣行を「保存の対象」や「観光的価値のあるもの」へ変化させる過程を意味する。

Wikipedia – Muséificationより引用

「都市の美術館化」とは、ある街並みや風景を美術館に展示されている絵画や彫刻のように、変化しないものとして1)保存の対象にする。そしてその風景が元々持っている価値を保つ、もしくはその風景に価値を持たせることで2)観光的価値のあるものへ変化させる行為を指すとのこと。

パリや他の西欧都市を訪れたことのある人なら頭に浮かぶ景色かもしれませんが、大都市として知られる街の中心部や旧市街地は歴史地区として指定されているため、何十年も前からずっと同じ景観が保たれていて、今後もその景色が変わることはありません。

例えばこの前、旅行で行ったベルギーの首都ブリュッセルの観光名所であるグランプラスという広場も景観が保護されていて、下の写真のように歴史的価値のある建物が広場を取り囲んでいます。

imgp2104

歴史地区の保存は観光業の肝

こうした歴史地区は過去の遺産を保存する目的だけでなく、観光客を呼ぶための場所としてフォトジェニックな景色を常に提供してくれます。(特にこの口コミ効果はSNSの発展で加速している)

詳しくは以前の記事パリの観光地を参考にSNSのフォトジェニックな写真で21世紀の口コミ効果を東京にもたらすにはで書いていますが、直接会って写真を見せることでしか伝えられなかった観光地の光景が今やSNSのおかげで場所や時間の制限なく拡散されるので、人気のスポットはさらに人気になる好循環が生まれているのです。

そこで、この記事の本題に戻るのですが、観光地となった歴史地区が多いパリでは景観を保護する決まりが制定されていて、中でもノートルダム大聖堂やリュクサンブール公園、シャンゼリゼ通りなど1級の観光地の景観は厳格に保護され、街路樹の木の枝一本さえもその視界を防いではならないのだそう。

こうした地域をフランス語ではfuseaux de protection防衛網」と呼んでいて、今回はこの上のツイートで紹介されている防衛網地区にカメラを首から下げて実際に行ってみたので、その写真を見ていくことで「都市の美術館化」のイメージを掴んでもらえればと思います。

リュクサンブール公園

まずはこの写真を見てください。

imgp1707

これが景観保護の力です。手前の芝生から正面に見える元老院を遮らないように全ての木が同じように切られています。

例えば同じリュクサンブール公園でも、この景観保護地域に指定されていないエリアはどうなっているかというと…

imgp1713

木々がのびのびと育っています。こんな風に視界を遮るものを除去するのが景観保護の力で、私たち観光客は、いつリュクサンブール公園に来てもこのポジションから全く同じ写真を10年後も20年後も撮ることができるのです。

シテ島からパリ左岸

ノートルダム大聖堂が位置するシテ島からパリの左岸を眺める景色も景観保護地区に指定されています。

imgp1798

セーヌ川沿いに並ぶ建物を見ると画一的なデザインで、その部屋の持ち主の意向であっても、例えば窓の縁を赤色にするとか、外壁にポスターを貼る行為は許されないのです。

ルーヴル美術館からシャンゼリゼ通り

パリの観光といえばルーヴル美術館とシャンゼリゼ通りは欠かせない有名観光地。位置関係でいうと、ルーヴル美術館とシャンゼリゼ通りは直線上に並んでいて、そのシャンゼリゼ通りの一番奥に凱旋門があります。

imgp1850

この直線上のビューが保存されていて、ルーヴル美術館からシャンゼリゼ通りを眺めると一番奥にある凱旋門まで(さらにはその奥にある商業地区ラ・デフォンスまで)何にも遮られることなく視界に入れることができます。

ちなみに、時期によってはこのルーヴル美術館とシャンゼリゼ通りの間に大観覧車が設置されますが常設のものではなく、仮設のものです。

こんな風にパリ中心部では景色を保護している地域がかなり多く、そのおかげで私たち観光客はフォトジェニックな写真をいつ行っても撮ることができる。これはまさに美術館。

利便性と審美性の対立

imgp1814

ここまで見てきたようにパリ中心部はさながら美術館に所蔵されている作品のように厳格に保存され、同じ景色を提供し続けています。

観光で訪れるならその豪華で整然とした街並みに魅了されて大満足で帰るでしょう。それはまさしく今まで写真集やSNSで憧れを抱いていたあの景色そのものなのだから喜びもひとしおのはず。

でも、この審美性の裏に捨てられた利便性があることを忘れてはいけなくて、保護を進めることでマイナスの現象も同時に起きていることに目を向ける必要があります。

審美性を重視するパリ中心部

champs-elysees-min

これまで見てきたようなパリ中心部の保護地区は審美性を重視し、観光客向けの美術館になっています。そこに住んでいる人の利便性は二の次で、こうした保護地区周辺では家賃が高いことや厳しい入居審査が理由で、低価格スーパーが少ないため、日常に必要なものを買うには専門の業者を呼ぶか遠くまで買い出しに行く必要があります。

パリ中心部におけるこの利便性と審美性の二項対立は難しい問題で、果たしてパリは誰のための街なのかという問題にもなります。広告看板もダメ、低価格スーパーもダメ、許されるのは高級アパレル店のみとなると、よほどのお金持ち以外、もうそこは地元の住民が住む街ではなくなってしまうのです。

美術館都市は変えられない

imgp1865

美術館都市を象徴し観光都市の面を強調するあまり、便利さをないがしろにしているのがパリ中心部の現状。

ただし、こうした歴史地区を便利な街にしようとする動きはほとんど不可能でしょう。美術館の展示品を傷つけるのが御法度のように美術館となった都市はもう動くことができないのです。

特に保守的な傾向の強いパリ中心部および西部ではこの保存に対する意思が強固で中心部を再編するのは大きな批判を招くこと必至です。

では不便を感じた住民はどうするのか。美術館都市を脱出するのです。家賃の高騰や生活コストの高騰で人々がいなくなってしまったらもうその地区は生きていると言えるのでしょうか。

人の住まない家が人の住む家よりも早く劣化すると言われているように、歴史があるだけで、そこにやってくるのは観光客か観光客狙いの店舗だけになってしまうのは、それこそ都市の歴史をないがしろにしているように思えます。

東京は美術館都市になり得る?

13902163_920668718042856_1815146947_o

東京とパリを比較すると、東京だと例えば浅草、神宮外苑のように歴史地区がうまい具合に散らばっているのに対して、パリの場合はギュッと狭いエリアに歴史が凝縮しているので、東京がパリと同じような美術館化による影響を受けることは少なそう、あったとしても局所的なもので済みそうです。

景観保護といえば高級住宅街として知られる成城学園前の町並みガイドライン成城憲章が有名ですが、住宅街である成城と、商業圏・居住圏・観光地区が重なるパリ中心部ではまた別問題なので、同じような問題を抱えることにはならないでしょう。

むしろ東京側からパリに向けて、江戸東京たてもの園のような、歴史的建造物を郊外に移築するプロジェクトを輸出するのはどうかなと思ったけれど、パリの場合はエリア全体が歴史地区だったり、建築物が巨大だったり、第一その場所自体に人々の記憶が結びついているのでこれは無理そうです。

江戸東京たてもの園は、1993年(平成5年)3月28日に開園した野外博物館です。都立小金井公園の中に位置し、敷地面積は約7ヘクタール、園内には江戸時代から昭和初期までの、30棟の復元建造物が建ち並んでいます。当園では、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目指しています。

あまりに過去の歴史が一箇所に固まってしまうと、そこには新しい歴史が作られなくなるわけで、都市を考えるときに歴史地区は外せない要素です。保護をしないと過去の遺産が傷ついていき、過剰な保護をするとその地区は空洞になっていく、このバランスがとても難しい。

いいね!してくれると
喜びます。

はてなブックマークに追加