東京23区における地域間格差と地域内格差 – 坂あるところに格差あり –

2016年06月14日      2017年01月19日
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この投稿は2016年4月15日にゼミで行ったプレゼンテーションの内容を文章化したものに編集を加えたものです。

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今日は東京における3つの格差についてお話しします。日本ではしばしば東京と地方との間の格差が取り上げられ話題になることが多いですが、僕のプレゼンでは東京23区に焦点を当てて、3種類の格差が現在の東京に存在することをお伝えしようと思います。

今日お話しする東京23区における3つの格差は地域間格差、地域内格差、新しい格差の3つで、実際に僕が街を歩いて撮ってきた写真をお見せしながら話を進めていきます。それでは始めます。

  • 地域間格差 – 山の手と下町
  • 地域内格差 – 山の手内部の坂格差
  • 新しい格差 – 湾岸タワーマンションとジェントリフィケーション

東京23区の地域間格差 – 山の手と下町

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デジタル標高地形図ってこんなにおもしろい! 東京都区部編より引用

まず東京の格差といえばメディアでも取り上げられることの多い東西の地域間格差です。東京において、格差と地理には非常に密接なつながりがあるため、ここではまず23区の地図を見てもらいます。

国土地理院が公開している東京23区の標高を色で表したデジタル標高地形図を見てもらうと分かる通り、東京23区の標高は大きく見て西が高く、東が低い西高東低であることが見て取れると思います。

これがいわゆる山の手と下町の区分なのですがどこに東西の分岐点があるのかというと、おおよそ京浜東北線が南北に走る線路を基準として西側が山の手、東側が下町と呼ばれています。京浜東北線に乗って埼玉から東京方面に向かうとよく分かるのですが、京浜東北線は崖に沿って運転しているんですよね。

この京浜東北線の線路に沿って南北に連なる崖を僕はその高さから標高20m線と呼んでいて、この標高20m線を境に東西では街の姿が大きく異なるわけです。

追記:標高20m線から西側の地域には赤羽、板橋などの地域が含まれ、ここを山の手と一緒くたにするのはいかがなものかという意見をいただきました。これはその通りで、山の手の解釈は時代や人によって異なりますが、ここでいう山の手は①標高20m線の西側、かつ②山手線以南の地域を指して話していきます。

武蔵野台地と江東デルタで構成されている東京は、地形の高低が明快だ。ほぼ京浜東北線のラインを境にして、西は山の手、東は下町と大きく区分できる。(…) 山の手は、江戸時代には大名屋敷をはじめとした高級武家地という、ある種の閉ざされた世界だった。これが明治・大正の時代に、住宅地へと姿を変える。その中心は港区と文京区。だから、この両区を取り巻いて走る電車を山手線という。昭和になると山の手も拡大を始める。(…) こうして渋谷区南西部から目黒区、世田谷区、杉並区南部などを中心とした、今日の山の手エリアが形成されていった。

池田利道 (2015) 『23区格差』 中公新書ラクレ p.43-44より引用

山の手と下町の経済格差

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平成18基準年度路線価図・23区地図より引用

山の手と下町の地理的な区分が所得格差と反映しているというのが一つ目の格差である「東京の地域間格差」です。統計資料をもとに所得水準を比較してみると下記のように山の手に位置する港区、千代田区、渋谷区などの区と、いわゆる下町に位置する足立区、葛飾区、江戸川区などの区との間では大きな所得格差があることが分かります。下の図をご覧ください。

東京都23区の所得水準(2015)

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区名 単位(万円)
千代田区 784
中央区 555
港区 901
新宿区 477
文京区 544
台東区 385
墨田区 350
江東区 389
品川区 427
目黒区 536
大田区 395
世田谷区 505
渋谷区 702
中野区 386
杉並区 436
豊島区 411
北区 343
荒川区 345
板橋区 349
練馬区 394
足立区 324
葛飾区 333
江戸川区 346

出所:『統計でみる市区町村のすがた2015』(総務省)

課税対象所得/納税義務者数(所得割)の計算式より算出

ではどうして西側に所得水準が高い地区が集まっていて、反対に東側では低い地区が集まっているのか。そう疑問に思う人も多いと思います。この傾向を把握するために一度江戸時代の東京について、その社会階層における住み分けを理解しておく必要があります。

江戸時代からの歴史- 社会階層による住み分け

東京が都市として機能し始めたのは徳川家康による江戸の開発以降です。江戸時代の社会身分を確認すると、中学・高校で習った内容の振り返りになりますが、当時人々は士農工商といった社会身分に分けられていました。その中で当時最も権力を持っていた武士階級は東京に屋敷を構えるようになり、このような大名たちが屋敷として選んだのは山の手の土地でした。これにはいくつか理由がありますが大きな理由としては高台に屋敷を構えることで、

  • 自然災害の被害を受けにくい
  • 部外者の侵入を防ぎやすい

の2点が挙げられます。

追記:なお、ある程度面積を取れる場所に限っては高台の土地以外にも旗本屋敷などが作られるようになりました。(参考:陣内秀信 (1985) 『東京の空間人類学』 筑摩書房)

町人たちがどこに住居を構えたかというとそれは主に下町と呼ばれる地域でした。このことから分かるように江戸時代には既に社会階層、経済格差(もちろん武家社会と町人社会の間には大きな経済格差がありました)による住み分けが始まっていたのです。

江戸自体から続く住み分けの歴史

江戸時代 現代
山の手 武家屋敷 官庁街・高級住宅街
下町 町人街 住宅密集地

この歴史から現在に戻り、21世紀になった今もなお東京では社会階層、経済格差による東西の住み分けが続いています。江戸時代に武家屋敷だった山の手の土地は明治時代に政府に接収され、華族の住まいに変化した後、官庁、大学、大使館、高級住宅街などの用地として利用されるようになります。

下町に広がる町人街は現代でも同様に住宅地として土地利用されていて、木造住宅密集地と呼ばれる家と家の間が狭い地域が下町には未だ多く残っています。

東京23区における高級住宅街分布

ここで理解を深めるために実際に東京23区のどのエリアに裕福な層が住んでいるかを高級住宅街の分布から紐解いてみます。東京23区にある高級住宅街として名前がよく知られている次の6つの町はいずれも山の手エリアに集中しています。

  • 渋谷区松濤
  • 新宿区下落合2丁目
  • 港区南麻布4丁目
  • 大田区田園調布3丁目
  • 目黒区上目黒3丁目
  • 文京区小日向2丁目など

田園調布や成城などの郊外型高級住宅街は明治以降に開発された街ですが、山の手に残る多くの高級住宅街はもともと武家屋敷や将軍家の所有地だった土地が変わったものがほとんどです。武家屋敷が高級住宅街に変わり、町人街が住宅密集地に変化してはいるものの、それぞれのエリアに暮らす人々の社会階層は固定されたままで、西の山の手に社会階層の高い人たちが好んで住み、そうでない人々が東の下町に暮らす構図は江戸時代から”ほとんど”変わっていないのです。

なお、ここで”ほとんど”と書いた理由はこの話の3番目に取り上げる新しい格差が関係しています。

第1章のまとめになりますが、こういった山の手と下町の住み分けの歴史から、先のグラフで見たような東京における地域間格差は生じていることを1つ目の格差としておさえておいてください。

東京23区の地域内格差 – 山の手内部の坂格差

ここまで東京23区における東西の格差、地域間格差について話してきましたが、貧富の格差は山の手と下町の西高東低という単純な図式ではありません。ここからお話しする地域内格差はメディアにほとんど取り上げられることがないためそこに格差が存在していることをほとんどの人は認識していません。実際、僕はこの認識されていない格差のほうが深刻で皆が気づくべき東京の一面だと考えているので、次にこの地域内格差についてお話します。

港区の白金台/麻布 = お金持ち?

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例えば、あなたが友人の実家を聞いた時に「港区の白金台/麻布に住んでいます。」というフレーズが返ってきたらどう思いますか。

私たちの多くは世間で言われている常識から、「港区=お金持ち」と考えてしまうのではないでしょうか。ここで僕が強調しておきたいのは同じ町名でも坂上と坂下ではまったく様子が異なるということです。

もう一度最初にあげた国土地理院が公開している東京23区の標高を色で表したデジタル標高地形図を見てみましょう。

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基本的に山の手エリアは黄色で表される標高の高い地区が多いのですが、中には緑色、水色で表される標高の低い坂下の場所が山の手に存在しているのが分かるでしょうか。これらの山の手の低い土地は水の流れによって削られた谷底のような土地です。例えば渋谷はその名前からも分かるように駅一帯が谷底になっています。東京を歩くとよく分かりますが、都心部でも東京には非常に多くの坂道があります。表参道や赤坂、青山、麻布などオシャレだったり、ハイソと称される街にもいくつもの坂道が残っていますね。

坂格差 – 地域内格差を読み解くカギ

そして東京における地域内格差を語る時に坂道が重要な役割を果たしていて、この坂道が山の手の社会階層を分けているのです。僕はこの坂道を介する社会格差を意味する用語として次の「坂格差」という言葉を作りました。

坂格差

坂を介して坂上に富裕層や上流階層が住み、坂下の木造住宅密集地に低所得層が暮らす社会格差による住み分けを意味する。住み分けの歴史は江戸時代の武士社会と町人社会の住み分けに由来し、土地の高低差が収入や社会階層と結びついている。

港区や渋谷区、文京区のような山の手の「お金持ち」と称されるエリアにも実はこの坂下の地域が存在し、基本的にこうした坂下の町は幹線道路から離れた道の先に位置しているので普段街を歩くだけでは気づかないもう一つの顔が山の手にはあるのです。

そして、地域内格差は地域間格差と違って、目に見えにくい格差だということも注目しておきましょう。テレビや新聞では区単位で○○区が裕福で、○○区が比較的貧しいと語られることがありますが、地域内格差は町や区画単位なのでデータが取れません。港区ひとくくりにすれば、所得水準は高いのですがその中には所得水準が極端に低い地域が隠れているのです。

ここからは山の手の坂上に広がる町と、坂下に広がる町の比較を行っていきます。まずは坂上の町についてその特徴を写真と共にお伝えします。

坂上の町の特徴

  • 高級住宅街
  • 高い塀と監視カメラ
  • 大使館
  • 富裕層の外国人
  • 宗教に関連する施設(お寺・神社・教会・キリスト系の高校・大学)

高級住宅街

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山の手の坂上には高級住宅街が形成される傾向が強いです。先にあげた高級住宅街の分布からも分かるように、伝統的に武家屋敷や華族など社会階層が高い人々はこうして坂の上に住まいを構える傾向にあります。

高い塀と監視カメラ

高級住宅街の家々は一軒一軒が大きく、ほとんどの場合、高い塀と監視カメラが付いています。これはそれぞれの家が独立して自分の家は自分で守るという考え方が反映されています。

大使館

大使館が集中しているのも坂上の町の特徴です。港区の南麻布では特にこの傾向が顕著でドイツ大使館、フランス大使館、フィンランド大使館、パキスタン・イスラム共和国大使館がすべて坂上に位置しています。

富裕層の外国人

大使館で働く在住外国人の住まいの多くは坂上の低層ビンテージマンションなどです。大使館関係者以外にも外資系企業の日本支社で働く外国人は港区の坂上のような地域に暮らしている場合が多いです。

宗教に関連する施設(お寺・神社・教会・キリスト系の高校・大学)

これは非常に面白いのですが、坂上にはお寺や神社、教会など宗教を問わず宗教に関連した施設が位置していることが多いです。これは信仰対象にできる限り近い土地に位置づけていたいからなのか、もしくは宗教と権力、あるいはお金というものは強い結びつきがあるので富裕層の多い坂上に集中しているのではないかと考えています。

坂下の町の特徴

今度は反対に山の手エリアの坂下の町についてその特徴に迫っていきます。先ほどお話した山の手の坂上の町とは対照的な光景が坂下の町には広がっています。

  • 木造住宅密集地
  • 商店街
  • 選挙ポスター
  • 植木鉢

木造住宅密集地

山の手の坂下には木造の家が密集しています。一軒一軒の敷地が広い坂上の高級住宅街とは異なり、坂下の町では家と家の間がとても狭まっています。

商店街

山の手にある商店街の多くは谷底の坂下町に位置しています。ちょうど水が削った谷底に沿って商店街が形成されているケースが一般的ですね。川の流れに沿っているので多くの場合、商店街は道がカーブしていたり、くねくねしています。

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ちなみにwebブラウザやiOSアプリのGoogle Maps左側のメニュー一覧から地形ボタンを押すと地形の凹凸がよく分かります。

選挙ポスター

坂下の町には選挙ポスターが貼られていることが多いです。坂上の町ではほとんど見ない選挙ポスターが坂下の町で多く見られる理由は、地域コミュニティーが形成されているからだと考えています。というのも、人と人との結びつきが強い坂下の町では、実際にある政党を強く支持している家が一軒だけだとしても、近所付き合いで周りの家に貼ってもらえないか頼むことがあるのだと思います。反対に坂上の高級住宅街では一軒一軒が重厚な門を構えて独立しているため、こういった近所付き合いが少なく、結果的に選挙ポスターを頼むような関係にはならないのではないでしょうか。

植木鉢

植木鉢が軒先にあるのも坂下の町の特徴ですね。こんな光景を目にしたことが皆さん一度はあると思うのですが、想像するに家の敷地面積が小さいので庭はないけれど、少しでも緑がほしいと思って家の前のプランターの中に小さな庭を表現しているのかもしれません。

坂道が果たす役割

このようにして山の手エリアにおける坂上の町と坂下の町の特徴をそれぞれ見てきました。こういう風に実際の写真を見ながら特長を見ていくとこの章の始めに述べた、港区=お金持ちの町と捉えるのがいかに安易な考えかが分かってきたと思います。

東京において坂道は江戸時代から社会階層を隔てるものとして利用され、坂上と坂下の高低差が社会階層や所得とリンクしていることが坂格差という用語で表されているのです。

  • 坂は古くから身分を隔てるものとして活用されてきた
  • 坂は2つの異なる世界をつなぐ道である
  • 坂上の高級住宅街と坂下の木造住宅密集地との距離はわずか数10メートル
  • 坂を介して隣り合う2つの社会はお互いに干渉することがない
  • 土地の高低差がそのまま収入・社会階層の高低差とリンク

ここまで見てきたのが、山の手エリアにおける地域内格差でした。重要なのは、一般的に裕福だと解釈される山の手は起伏に富んでいて、その坂上か坂下かによって街の様子は完全に異なるということです。坂道の高低差がそのまま収入・社会階層の高低差と結びついていることも地域内格差の特徴と言え、この地域内格差は東京の東西格差である、地域間格差に比べて見えにくい格差であると覚えておきましょう。

3つ目の格差として、いよいよ新たな格差について話していきます。

新しい格差 – 湾岸タワーマンションとジェントリフィケーション

20世紀後半から東京では現在まで続く大きな変化が起こり始めました。そのうちの一つが下町・湾岸エリアの開発事業です。

下町・湾岸エリアでの変化

ここ数十年で東京湾岸の景色は大きく変貌しました。豊洲、有明、勝どきなど湾岸には多くのタワーマンションが開発され、商業施設も誘致され新たな街が形成されつつあります。江戸時代から今の今まで東京では伝統的に、富裕層が山の手の坂上に住み、庶民が下町に住むという構図がありました。それがどうでしょうか。湾岸のタワーマンション開発により、一部の富裕層が海抜の低い湾岸に暮らし始めたのです。

これは革新的な変化で、今まで長い間保たれてきた東西の格差の構図が技術の発展により徐々に壊れつつあります。もちろん多くの富裕層は未だ山の手の高級住宅街に暮らしていますが、インターネットバブルやホワイトカラー共働きなどで新しく富を手にした新興富裕層が湾岸を選択するのは面白い動きです。(そこには彼らが最も重視する経済的合理性があるのですが)

また、下町・湾岸を選択した新興富裕層がこぞってタワーマンションを住居として選択するのも興味深いです。というのは標高が低い湾岸・下町であっても、やはりお金を持っている層はタワーマンションのような標高が高いところに住みたがるという傾向です。人間は高いところを好む動物なのでしょうか。

20世紀後半から東京で起こったもう一つの大きな変化は、第2章でお話した山の手エリアの坂下の町での変化です。

山の手の坂下町での変化

ジェントリフィケーション

ジェントリフィケーション(英語: Gentrification)とは、都市において比較的貧困な層が多く住む停滞した地域に、比較的豊かな人々が流入し、地域の経済・社会・住民構成が変化する都市再開発現象である。

Wikipediaより引用

山の手の坂下でも非常に大きな変化が起こりつつあります。山の手エリアの中で坂上の町はすでに高級住宅街や学校施設などが存在し、土地の値段も高いことから開発の余地がありません。それに比べて坂下の土地であれば、比較的安価に買い上げることができるため(もちろん地権者の立ち退き交渉は大きな壁となりますが)、大手デベロッパーが坂下の土地を開発し、富裕層向けに高級マンションを建設する動きがここ数年で活発化しています。

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デベロッパーが土地を有効活用するのであれば、開発は良いことなのですが、ここで起こるのがジェントリフィケーションという問題です。

富裕層が比較的貧しい地域に流入することで、まずその地域の物価が上昇します。持ち家の人なら生活費が上がるだけで大きな問題はないのですが、借家で大家に家賃を払っているような人は物価の上昇により家賃が上がり、その地域で暮らせなくなる・転出を余儀なくされる恐れがあります。

また、文化的背景の相違による旧住民と新住民間での衝突も考えられます。比較的貧しい地域に富裕層が流入してくるため同じ地域で異なる背景を持った集団同士で対立が起こる可能性もあるのです。これは湾岸のような新しく開発された街にはない、山手の下町ならではの問題でもあります。

このようにここ数十年の間に東京では新しい格差が生まれてきました。今までは富裕層とそうでない層がそれぞれ異なる場所に分かれて暮らしていたのが、徐々に両者が交わりつつあるのが今の東京の姿です。

東京23区の格差まとめ

  • 東京では江戸時代からの社会階層による住み分けが続いている
  • 社会階層を隔てているのは坂である
  • しかしジェントリフィケーションにより400年近く続いた住み分けに変化が起こりつつある

これまで東京の地域間格差、地域内格差、そして新しい格差を見てきましたが、みなさんもお分かりの通り、東京は現在、大きな転換点にあるといえるでしょう。技術の進歩により江戸時代から続いてきた社会階層による住み分けが曖昧になり、今まで当たり前だった西高東低の社会階層や坂上・坂下の坂格差が変化してきました。ここ数年の再開発により今後も大きな変化が予想される東京ですが、現時点でこういった「坂」と「高低差」の観点から東京23区における格差を論じた本はあまり見たことがなかったので、今回の記事を書くに至りました。「坂格差」という新たな格差の視点を持つことであなたの東京を見る視点が増えてくれれば嬉しいです。

編集後記

僕は埼玉県出身で、都内に通う学生になるまで東京の地理はおろか坂道になんてこれっぽっちも興味を持っていませんでした。というよりもそんな世界が存在することすら知りませんでした。それでも今、僕がこうして東京の坂格差に興味を持ったのは、ほとんど毎日のように坂を上がり、坂を下り、その上下の街の家や人を見たりと実際に街を歩いて東京にどっぷりと漬かっているからだと考えています。

格差を知るには講義や本を読むだけでは不十分であり、寺山修二の『書を捨てよ、町へ出よう』ではないですが、東京の地理・格差を感じたいなら実際に町を自分の足で歩くことをおすすめします。iPhoneのGoogle Mapsを使えば土地の高低差も簡単に分かるので僕の場合では『書を捨てよ、iPhoneと共に町へ出よう』ですね。最近は坂めぐり以外にも再開発地めぐりや高級住宅街めぐりにもはまっているのでその2つに関連する記事も近いうちに書いて、また多くの人に知ってもらえればなと思っています。それでは。

参考文献

  • 陣内秀信 (1985) 『東京の空間人類学』 筑摩書房
  • 長谷川 徳之輔 (2008) 『東京山の手物語』 三省堂
  • 池田利道 (2015) 『23区格差』 中公新書ラクレ
  • 谷川彰英 (2013) 『東京「地理・地名・地図」の謎』 じっぴコンパクト新書
  • 山野 勝 (2014) 『大江戸坂道探訪』 朝日文庫
  • 皆川典久 (2012) 『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』 洋泉社

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